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About Horio Souken
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なぜ曲線の庭は落ち着くのか|オルムステッドに見る、心が整う庭の考え方

庭は、ただデザインが美しければよいのか

庭や外構は、家の見た目を整えデザインするのではなく

心を整える場所でもあると思います

 

そのことを考えるうえで、

個人庭でもとても参考になりますのでよかったら最後までお読みください

フレデリック・ロー・オルムステッド

ニューヨークのセントラルパークを手がけた人物で

「アメリカのランドスケープ・アーキテクチャの創始者」

とも呼ばれています。

 

シカゴ リバーサイド オルムズロード たしかに曲線の街並みです

彼が生きた1800年代のアメリカでは、都市化が進み、街は効率、交通、産業、管理のために整えられていきました。

その中で都市にこそ緑地が必要だと考えました。

ただの飾りではなく

人の心と身体を回復させるための風景として

なぜオルムステッドは曲線を用いたのか

オルムステッドの設計を見ると、直線よりも曲線が多く使われています。

道はゆるやかに曲がり、景色は少しずつ変わり

歩いているうちに次の風景が現れる。

なんか日本庭園にも近い概念

 

これは「自然っぽく見せるため」だけではないと思います。

曲線は、人の心をゆるめる働きがあり

直線は、効率の線です。

早く進む
まっすぐ向かう
目的地をはっきりさせる
管理しやすい
区切りやすい

都市や道路、駐車場、建築には直線が必要

しかし、暮らしの場まで効率重視の直線だけで埋め尽くされると

私たちは知らないうちに疲れていくのではないか?

曲線の道には、少し先が見えない余白がある

一歩進むと景色が変わる。
木の陰から次の場所が見える。
視線がやわらかく自然と誘導される。
急がなくてもよくなる。

オルムステッドの設計原則としても、土地の個性を活かすこと、全体の統一感を重視すること、装飾よりも風景体験を大切にすることが挙げられている

つまり、曲線はデザインの飾りではなく、人間の心を整えるためのだったのだと思う

碁盤(グリッド)の目で心は荒むのか

グリッドにはグリッドの良さがあります。

わかりやすい。
単純な移動動線
使いがっ手が良い
管理しやすい。

しかし、グリッドだけの街には、人間の心を休ませる“逃げ場”が少なくなる

まっすぐな道路。
同じような区画。
車のための駐車場。
道路から丸見えの玄関。
植栽のない外構。
高い目隠しフェンス。

こうした風景は、便利ですが

心が休まる風景とは言いにくいのではないかと。

人は、都市の効率、騒音、直線の中にいると、知らないうちに疲れます。

だから庭や公園は、ただ美しいだけでは足りないのです。

人の視線をやわらげ、歩く速度を落とし、少しだけ外の世界から守り、深呼吸したくなるような場所である必要があります。

都市の緑と健康に関する研究でも、都市の緑地は気分や注意力とよい関連を示すことが報告されています。

日本の住宅外構に足りないもの

今の日本の住宅外構を見ると、オープン外構が多くなりました。

駐車場を広く取り、門や塀をなくし、道路から家がよく見える。

たしかに、防犯面やコスト面、車の使いやすさでは合理的

その一方で、家と道路の間にあった“間”が失われています。

道路から玄関が丸見え。
窓の前も丸見え。
庭も丸見えor庭が無い
植栽はほとんどない。
木は手入れがかかるから植えない。
大きな木など、なおさら、、、

そして、目隠しが欲しくなると、外周に高いフェンスを立てる。

丸見えか、完全に遮るか。

この二択になっている外構が多いように感じます。

しかし本当に必要なのは、その中間だと思います

私はこれを「透け感のある外構」と考え

完全に閉じるのでもなく、完全にさらすのでもない。

道路と日常の間に、木、低木、下草、少し曲がった動線、光と影を入れる

視線を遮断するのではなく、やわらかく流す。

これが、現代の住宅外構に必要な考え方だと思います。

落葉樹は悪者なのか

木を植えると、必ず手入れの話になります。

落ち葉が出る。
皆さん大嫌いな虫問題
枝の管理
隣近所に迷惑をかける

多くの皆さんの現実です。

しかし、木をすべて排除すればOKなのか?

管理は減るが

同時に、木陰、季節感、風の揺らぎ、鳥のさえずり、視線のやわらぎ、街並み景観も失われます。

落葉樹は、住宅外構にとってかなり使いやすい素材です

夏は葉を茂らせて日陰をつくり、冬は葉を落として光を入れる。

常緑樹のように一年中重くなりすぎず、透け感や季節の変化も感じられる。

 

大きくなりすぎる木を狭い場所に植えれば、将来のトラブルになります。

隣地境界ぎりぎりに植えれば、落ち葉や枝で苦情になる

木を植えるか植えないかの極端なジャッジではなく

どの木を、どこに、どの大きさで、どう管理していくかなど

最初からデザインする必要があります。

 

住宅の庭にオルムステッドの考えを取り入れる

オルムステッドの設計は、公園や都市計画でした。

でも、その考え方は住宅の庭にも応用できます。

たとえば、玄関までのアプローチを一直線にしない。

道路から玄関が丸見えにならないように、植栽で一度視線を受ける。

(スクリーンフェンスに、植栽や低木のハイブリッドも有効)

窓の前に落葉樹を一本入れる。

駐車場の端に小さな植栽帯を残す。

フェンスだけに頼らず、低木や中木で視線をやわらげる。

庭の中に、少しだけ奥行きと見え隠れをつくる。

大きな曲線でなくてもよく。

一本の木で視線を止める。(見つけ見返りの木効果)
足元に緑を添える。

それだけでも、家の印象は変わり

そこに住む人の気持ちも変わります。

庭は、心を疲れさせずに動かす場所

庭の役割は、飾ることだけではないのです

家をかっこよく見せることだけでもなく

庭は、家族の人の心を少しゆるめる場所です。

朝、玄関を出るときに季節を感じる。
夕方、家に帰ると木の影がある。
窓の外に緑が揺れている。
道路からの視線が直接刺さらない。
少しだけ守られている感覚がある。

それは、数値化しにくい

人間の暮らしには、そういう数値化しにくいものこそ必要だと考えています

オルムステッドが公園や街に求めたものは、現代の住宅外構にも必要だと思います。

効率だけでは、心は整わない。

直線だけでは、暮らしは休まらない。

これからの庭づくりは、ノーメンテナンスを目指すだけではなく、管理できる自然を暮らしの中に戻していくこと。

丸見えのオープン外構でも、閉じすぎた目隠し外構でもなく、緑と曲線と見え隠れによって、心が落ち着く庭を考えること。

それが、これからの住宅外構に必要な視点だと思います。

 

長くなりましたが最後までお読みいただきありがとうございました

本当はコミュニティーに繋がると彼は言っていますが、ここでは割愛します!

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